東京地方裁判所 平成元年(ワ)15627号 判決 1992年1月23日
原告
コックドール株式会社
右代表者代表取締役
伊藤安枝
右訴訟代理人弁護士
太田常雄
同
野本俊輔
右訴訟復代理人弁護士
河野憲壯
被告
株式会社ワールド
右代表者代表取締役
畑崎廣敏
右訴訟代理人弁護士
大竹秀達
同
吉川基道
同
中村誠
主文
一 原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料及び共益費は、昭和六四年一月一日以降、賃料月額一三九一万八三〇〇円、共益費月額一三四万五五〇〇円であることを確認する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料及び共益費は、昭和六四年一月一日以降、賃料月額一四二八万三〇〇〇円、共益費月額一五四万六七五〇円であることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1(一) 原告は昭和五七年四月一日、被告に対し別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を賃貸借期間二〇年、賃料月額一〇八〇万円、共益費月額一一七万円の約定で賃貸した。
(二) 原告は、被告に対し、右(一)の契約に基づいて本件建物を引き渡した。
2 右賃貸借契約には、左記の条項がある。
第一一条 甲は物価の高騰、土地建物の価格の騰貴、公租公課の増徴その他の経済状勢の変動により、賃料及び共益費が不相当となった場合には、契約の期間中たりとも賃料及び共益費を増額することができるものとする。
3 本件建物の賃料及び共益費(以下「賃料等」という。)は、昭和六一年一月一日以降、賃料月額一二四二万円、共益費月額一三四万五五〇〇円である。
4 その後、本件建物に対する固定資産税が上昇し、近隣における本件建物と同程度の建物の賃料等に比べて本件建物の賃料等は著しく不均等になってきており、昭和六四年一月一日現在において賃料は月額一四二八万三〇〇〇円、共益費は月額一五四万六七五〇円を相当とするに至った。
5 原告は、被告に対し、昭和六三年一二月二日到達の書面により、昭和六四年一月一日以降、本件建物の賃料を月額一四二八万三〇〇〇円、共益費を月額一五四万六七五〇円に増額する旨の意思表示をした。
6 被告は、本件賃料等の増額を争っているので、昭和六四年一月一日以降、賃料は月額一四二八万三〇〇〇円、共益費は月額一五四万六七五〇円であることの確認を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3及び5の各事実は認める。
2 請求原因4の事実のうち、本件建物に対する固定資産税が上昇したことは認めるが、その余は否認する。
3 請求原因6の事実のうち、被告が本件賃料等の増額を争っていることは認め、その余は否認する。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1ないし3及び5(原告と被告の間の本件建物の賃貸借、賃料等の増額特約の存在、本件建物の現在の賃料及び共益費各金額、並びに原告の被告に対する賃料等増額の意思表示)の各事実は、当事者間に争いがない。
二請求原因4(原告の賃料等増額請求)の当否について判断する。鑑定の結果(以下、「本件鑑定」という。)によれば本件建物は東京都中央区にあって、中央通りと晴海通りとが交差する銀座四丁目交差点に近接する中央通り沿いにある地上八階地下二階の建物のうち一階から四階の大部分であり、我が国有数の商業地域内にあり、最近三年間のうちに本件建物の固定資産税の上昇があり、近隣地域の土地建物の価格の上昇に伴い近隣地域内の家賃は一般的傾向として一〇パーセントから三〇パーセントの増額が行われていることが認められ、昭和六四年一月一日現在本件建物の賃料等が不相当になっていたものと認めることができる(なお、<書証番号略>(以下これを「大河内鑑定書」という。)及び<書証番号略>(以下これを「小田切鑑定書」という。)も賃料の増額を正当と認めている。)。
三そこで昭和六四年一月一日現在における本件建物の賃料等の適正額について判断するに、前掲<書証番号略>、鑑定の結果、証人兼鑑定人横須賀博の供述及び弁論の全趣旨によれば、次のとおり認められる。
1 賃料について
(一) 本件鑑定は、継続賃料の適正額を鑑定評価する手法として通常用いられる、いわゆる「差額配分法」、「スライド法」、「賃貸事例比較法」の三方法を組み合わせた総合方式による算定をしている。各種の算定方式の間の軽重優劣を判断し、本件賃貸借の事情を斟酌して法的に合理的な適正賃料を決定する趣旨からは右鑑定評価の方式を是認することができる(なお、大河内鑑定書及び小田切鑑定書も、右三方法のうち二方法又は三方法を組み合わせた総合方式による算定をしている。)。
(二) 本件鑑定は、次のとおり、総合方式により、昭和六四年一月一日現在における本件建物の賃料の適正額を月額一四二二万二〇〇〇円と結論しているが、比較事例(取引事例・賃貸事例)の選定及び計算手法において不合理な点が見受けられず、その結論は相当なものと認められる。
(1) 差額配分法においては、評価対象不動産の基礎価額を金一二五億一七〇〇万円、総合期待利回りを2.16パーセント、必要諸経費等を金六一六五万二〇〇〇円、保証金の運用益を年八パーセントで計算すると、月額八一四万七〇〇〇円となり、賃料は月額一四七八万八〇〇〇円となる。
(2) スライド法では、現行賃料月額一二四二万円に三年間の近隣店舗の賃料の値上がり率13.5パーセントを加味すると、月額一四〇九万七〇〇〇円となる。
(3) 賃貸事例比較法では、算定賃料金二二四三万〇五〇〇円から右保証金運用益八一四万七〇〇〇円を差し引き、月額一四二八万四〇〇〇円となる。
(4) 以上を総合して、鑑定の結果は、賃料月額一四二二万二〇〇〇円となる。
(三) 他方、大河内鑑定書は、適正賃料の算定に当たって、本件建物の保証金一三億円の運用益を考慮していないが、原告の実質的な経済的利益を実質賃料として適正賃料を計算すべき点からすれば、右の点は相当とはいえない。また小田切鑑定書は差額配分法の計算において算定の基準となる土地価格の取引事例の選定及び賃貸事例比較法の計算における賃貸事例の選定が必ずしも適当とはいえない。右の各点についての修正・検討の行われている本件鑑定を相当と認めることができる。
2 共益費について
本件鑑定は、周辺貸ビル(店舗)における比較事例(共益費)の平均額・平均上昇率等を勘案のうえ、昭和六四年一月一日現在における共益費の適正額を契約面積一平方メートル当たり九六一円、すなわち、本件建物につき月額一四八万六八〇〇円と結論しているが、右鑑定において用いた比較事例はいずれも、賃料以外の賃借人の支出は共益費のみであって、これ以外に共用電気・水道・ガス料金等の付加使用料の徴収の行われていない事例である。
他方、原告被告間の本件建物の賃貸借契約書(<書証番号略>)においては、第八条第一項で「(1)共益費(共用部分の清掃費、機械設備の運転費、管理等の人件費)」として一定額の支払が定められ、さらに、右共益費に加えて、「(2)電気・水道・ガス・冷暖房費・電気水道の基本料、及び町会費、衛生費、ゴミ処理代等の実費(甲の計算に基づく)、スプリンクラー、冷暖房のメンテナンス」を支払うべきことが定められており(なお、「甲」は賃貸人を指す。)、後者については同条第三項で、原告が計算して被告に請求し、被告は賃料と同時に支払うものとされている。そして、毎月定額の共益費一三四万五五〇〇円が「共用管理維持費」として請求され、さらに、「共用電気料金」、「共用水道料金」、「共用ガス料金」(以上三料金を合わせて「変動共益費」という。)が請求されており、平成元年(昭和六四年)の一か月当たりの変動共益費は平均四四万五〇〇〇円であることが認められる。以上によれば、本件鑑定の結果である共益費一四八万六八〇〇円に対応する現行実質共益費は、右「共益管理維持費」一三四万五五〇〇円と右変動共益費四四万五〇〇〇円の合計額と認められる。
3 賃料等の適正額について
本件鑑定は、右のとおり、昭和六四年一月一日現在における賃料等の適正額を、賃料一四二二万二〇〇〇円及び共益費一四八万六八〇〇円と結論しているもので、その合計額は一五七〇万八八〇〇円となる。
そして、共益費といっても、一般に対象不動産の使用の対価の一部としての性格を有し、いわば、実費としての性質の高い賃料の一部と評価すべきこと及び本件において原告被告間の紛争はもっぱら賃料及び共益費の合計額についてのものであって、賃料・共益費それぞれの内訳額についてのものではないことが認められる。
これらに照らせば、原告被告間の本件賃貸借契約において賃料並びに共益費(「共用管理維持費」)及び変動共益費の合計額を、本件鑑定にいう賃料・共益費の合計額一五七〇万八八〇〇円と等しくするのが、本件建物の賃借人の適正な支出額を定めることになるというべきである。
そうすると、本件建物の昭和六四年一月一日現在における一か月当たりの適正共益費(契約書八条一項(1)にいう共益費。すなわち、共用部分の清掃費、機械設備の運転費及び管理等の人件費をその内容とする定額の共益費であって、「共用管理維持費」として請求されているもの)については、本件鑑定のいう適正共益費一四八万六八〇〇円から前記の変動共益費平均額四四万五〇〇〇円を差し引いた金額一〇四万一八〇〇円が現行共益費(「共用管理維持費」)一三四万五五〇〇円を超えないことに照らせば、一三四万五五〇〇円を相当というべきであり、一か月当たりの適正賃料については、本件鑑定にいう賃料・共益費の合計額一五七〇万八八〇〇円から右共益費一三四万五五〇〇円及び変動共益費四四万五〇〇〇円の合計額を差し引いた一三九一万八三〇〇円をもって相当と認められる。
四被告が原告の賃料等増額の意思表示の効果を争っていることは請求原因に対する認否から明らかであるから、原告が右増額賃料等につき確認の利益を有することは明らかである。
五よって、原告の本訴請求は、右の限度において理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官三村量一)
別紙物件目録
所在 中央区銀座五丁目壱番地弐七、壱番地七、壱番地参五、壱番地四九
家屋番号 壱番弐七の参
種類 店舗
構造 鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根 地下弐階付八階建
床面積
壱階 379.69平方メートル
弐階 436.88平方メートル
参階 452.54平方メートル
四階 452.54平方メートル
五階 452.54平方メートル
六階 452.54平方メートル
七階 452.54平方メートル
八階 448.59平方メートル
地下壱階 444.98平方メートル
地下弐階 59.74平方メートル
のうち
一階部分 293.70平方メートル
二階部分 408.86平方メートル
三階部分 422.14平方メートル
四階部分 421.75平方メートル